◆◇◆このページは【隊商運営協会】様が主催する「caravan」参加キャラの設定ページです◆◇◆


愛してると言ってくれバトン

 誰かに呼ばれて目を覚ます。よく知った懐かしい声。




 少し怒ったような女の声。


「ラス! ラスってば! おーきーてーよー!!」
 肩を揺さぶられ、重たい瞼をこじ開けると、短い黒髪の女性が頬を膨らませてやっと起きた、とぼやいた。
「ああ、アリア……買い物はもう終わったの?」
「終わったから呼びにきたんじゃない」
 当たり前だといわんばかりにきっぱり言い切る。彼女の足元には袋や箱に入った、あるいはそのまま手渡し状態で貰ったのであろう戦利品の数々が積まれていた。
「沢山買ったね」
「そりゃー今日は荷物持ちさんがいらっしゃるから、奮発して色々買っちゃったわ!」
 この箱はサンダル、そっちの袋にはスカートが数枚、別の袋にはワンピース、それは露天で見つけたアクセサリー、こっちにはそろそろ補充したいと思っていた日用品……とアリアは当然のように私の隣に座ると買ってきた物を一つ一つ見せてくれた。ついでに、買った店の場所や店員の様子、今日は買わなかったが気になる品、目新しく仕入れた面白そうな噂話なども楽しそうに話した。
「ところで、ずいぶんぐっすり寝てたみたいだけど、ラス疲れてるの? いくら若く見えるジンだといっても、やっぱり寄る年並みには勝てないのかしら」
「寄る年並みって……それじゃあアリアお姉様は私より大変じゃない」
「なんですってぇ!? こーんなピッチピチのレディーに向かってなんて事言うのよ!」
 幼馴染のアリア。私より3つ年上の人間の女性。
 家が近所だった事もあり、私たちは生まれた時からずっと一緒だった。
「もう! 子供の頃は私よりずーっと小さかったくせに、いつの間にかこーんなににょきにょき背を伸ばしちゃって、少し私によこしなさいよ!」
 顔を見ながら話すと首が痛くなると、好きで伸びたわけじゃないのに理不尽に責められる。
 いつものことだ。そう思って笑って応える。
「夢をね、見てた」
「夢?」
「そう。変わった夢……聞く?」
「あなたが変わってるってゆーんならそうとう変わった夢なんでしょうねー」
「んー……そうでもない、かな?」
 普通の夢のように現実味の無いものじゃない。どちらかというと、つい最近の事のように現実的な夢だ。
 少し考えている間に、アリアはごそごそと買い物の山を掻き分けて何かを探し出していた。
「どっちなのよ。もったいぶらずに、話したいなら話せばいいでしょう」
 右手にマンゴージュース、左手にクッキーを装備して、アリアはおやつタイムを決め込んでいた。
「聞く気ないでしょ」
「そんな事ないわ」



 私は、この学術都市『三賢人の爪』を出て、砂漠を旅していた。
 従弟だという明るい髪の青年(少年かな?)と一緒に、大きな隊商に参加しての旅だった。
 そうだなぁ、ほら、この間遊びに来てた祖父に容姿とか性格とか似てるかな、その従弟君。それで変わったしゃべり方をしてた。
 彼は火のジンだったから護衛で、私は奇術師としてその隊商に参加してた。何でか女の格好でね。
 ……そんなに笑わなくてもいいでしょう。どうせ背のわりに筋肉ついてないガリガリの女顔ですよーだ。
 でも、アリアより美人だったよ。
 っああ、嘘うそ! アリア様の方がずっと美人です! だからジュースを投げるな構えるな!!
 その隊商にはいろんな人がいた。人間もジンもジーニーも。ルフもかなりいたかな。
 猫を飼ってる水のジンの護衛とその妹で星読みのジーニーの女の子。女性と見まごうほど美人なガラス細工の商人、元気で明るい見習いの女の子、病弱だけど癖のある商人、買い物好きの護衛の火のジンの女性、面白い物好きのジンの詩人、目つきの悪い飲み物売りエトセトラ。医者も数人いて、ふわふわした可愛いらしい女性だったり、無表情だけど気さくな肌の白い男性だったり色々。
 それで、私はその参加してる隊商の護衛の人を好きになって。でも、相手は私を好きになる可能性はなくて。
 その護衛は男性で、私より背が高くて、槍使いなんだけどスピードもあって格好いいんだー。人ごみに混ざれば間違いなくスリの餌食になるっていう才能の持ち主。
 あー、振り向いてはくれないけど友達としては付き合ってくれるいい人で、だからついからかったりしてねぇー。
 おいしい料理で餌付けしろって?
 うん。したした。ちょっとその人とその連れの人共々ほっとけない食事具合だったから、時々差し入れしたりして。
 そうだ、帰ったら一緒に夕飯作ろう。材料買って。アリアの作ったクスクス、食べたいなー。
 あ、続き? 自分は居たかって?
 アリアは……居なかったよ。
 夢だから出てきてないとかじゃなくて、もうずっと昔に……



 うん、ごめん。
 本当はわかってる。



 どっちが夢かなんて……



「アリアにまた逢えて嬉しいよ」
「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。失恋中のあなたをわざわざ慰めに来てあげたんだから感謝しなさい?」
 悪戯に成功した子供のように得意げに笑うアリア。
 一呼吸おいて、昔と変わらない暖かな笑顔で微笑む。
「ずっと、好きでいていいのかな」
 ポツリとつぶやく。誰の事とは言わなかった。
 どちらを聞きたかったのか、自分自身でも分からなかったから。
 彼女の事。彼の事。ひょっとしたら、その両方かもしれないし、どちらでもなかったのかもしれない。
 それ以前に、相談なのか独り言なのかすらよく分からない。自分の耳にやっと届くほどの小さな声。
「勝手にすればいいでしょう」
 それでも、困ったように笑って応えた彼女。
 だんだんとその肌に年を重ねていく。最後の時を迎える年齢まで。
「忘れなくていいの。ずっと好きでいても、恨んでいても、覚えてくれていればそれでいいわ。ただ、前を見る事を忘れないで」
 人間やジーニーには寿命があるから、いつか必ず別れの時は来る。ジンだからといって、永遠に側に居られるわけでもない。
 でも、出会った事は嘘にはならないし、間違いじゃない。
 別れは辛く悲しいけど、好きだった気持ちまで消す必要はない。
 少なくとも、出会って笑いあった日々は楽しかったでしょう?
「離れてしまっても、あなたの幸せを願っているわ」
 艶のない皺だらけの彼女の手を取り、手の甲にそっと口付ける。
「ありがとう、アリア。愛してる」
「ばかねぇ。私はもう死んじゃってるのよ? “愛してた”って言いなさいよ」
 張りのないしゃがれた声。最後に言葉を紡いだのはいつだったろう。
「生まれて死ぬまで側に居たのはアリアだけだもの。過去じゃなくて、今でも一番愛してる」
「ラスが生まれて、私が死ぬまで、ね……」



 それはとても幸せな事だったと思う。
 私たちが存在した時間全てを共有できた事。
 広い世界で、永い生の中で、一番初めに出会えた事。
 それ以上の幸せを私はまだ知らない。あなたの居ない世界でそれ以上の幸せを得るのはひどく難しかった。
 それでも、日々は流れ過ぎ去り、ささやかな幸せを沢山与えてくれた。
 旅をして、別れもあったがそれ以上に沢山の出会いがあった。
 冗談を言って笑い合える事。自信作の料理を美味しそうに食べてくれる人がいる事。他愛ない喧嘩をして、仲直りした事。誰かを好きになる事。
 どれもが些細な事かもしれないけれど、どれもが心を暖かくしてくれる幸せたち。



 私はこれからも旅を続けるだろう。
 出会いと別れを繰り返し続けるだろう。


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