Dream come true


ある日ある朝ある家族のある会話。
家族と呼べる大事な存在、オレはそれを与えてくれた全てに感謝する……



 明るい夏の日射しさえも寄せつけない薄暗い森。泣き出しそうな空の下では何が出るかわからない死者の国へ続いていそうな、全てを飲み込む闇が広がる。
 額に宝石を抱く少年がいた。
 一点を凝視し続ける少年が固く手に握るのは赤く染まった剣。
 少年は数日前、野盗によって、共に育った兄と目標にしていた父とを失っていた。
 剣にこびり着いた真新しい血は、おそらく獣の血だったのだろうけれど、私達には少年自身から流れ出たもののように見えた。
 
 あれから数年経ち、私たちは旅の終着点としてメイプル王国の首都メイプーに居をかまえることにした。
 少年はあれから背もずいぶん伸び、よく笑う青年となった。
 役者になるという夢も見つけて今現在奮闘中だ。
 そういえば、今日は確か休みを貰ったといっていたので、ゆっくり寝かせておいてあげよう。
 久しぶりに朝ご飯を作って彼が降りてくるのを待つのも良いだろう。活発な彼は、いくら休みだからといっても、そうそう遅くまで寝ていることはないのだから。

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 メイプル王国の首都メイプー。
 人々の憩いの場としていつも活気溢れるメイプー広場から国王の住む城まで、真直ぐのびた幅のある一本の大きな道がある。道に沿って、青々とした葉を誇らしげに茂らせる街路樹と、闇の中を照らし出してくれる街灯が並んでいた。
 その道から幾本ものびる枝道のうちの一本に建つとある煉瓦造りの家から、朝も早くから暖かい音が細い通りに響いていた。

 とんとんとん。
 ぐつぐつぐつ。

 白く柔らかく降り注ぐ朝日に気持ちよく台所の音が響く。
 街路樹にとまる小鳥の楽しげな歌声にあわせて踊るような羽ばたき。
 窓辺にはいくつもの鉢植えが置かれていて、植えられているのはどれも香りの良いハーブのようだ。
 二階の自室でぼんやりと目を覚ました黒い毛並みの狼の青年は、ふわふわとした感覚の中で心地良いベッドに身体を預けて、再び意識を微睡みの中へと戻していくところだった。
 しかし、

 きゅいーん
 どががががががが
 だんだんだんっ!

 さわやかな朝の風景に似つかわしくない、まるで工事現場のような騒音にびくっと耳を震わせ、青年は一瞬にして意識を浮上させた。心地良い温もりを持った毛布をはね飛ばして猛スピードで階段を駆け下りると、一目散に台所へと急いだ。
 この家に住んでいるのは全部で3人。若い犬族の青年と猫族の女性、そして二人より幾分か若い狼族の青年である。
 犬族の青年は考古学者をしていて、猫族の女性は剣の腕を買われて騎士団に入団した。狼族の青年は劇団に入団して目下修行中の身である。
 猫族の女性は昨日から留守にしていて、今日の昼まで帰ってこないと記憶している。そのため、貴重な休日の朝のひとときを妨害してくれたのが誰かなど一目瞭然。
「海渡! 朝っぱらから何やってんだ!」
「ああ、ジャスパー君おはようございます」
「おはようじゃない! さっきの音はなんだよ!」
 予想通り、勢い良く駆けつけた台所には、菜箸を片手に犬族の青年がフライパンと格闘していた。
 それはもう無害どころか、お人好しの人好きのするような笑顔を浮かべて挨拶をよこす相手を、ジャスパーは寝起きとは思えないほどの大音量で問いただす。
 演劇を志す者として、常日頃からボイストレーニングを欠かさず行っている賜物である。
 決して、一日一回はこの青年に怒鳴っているからではない。
 黒く長い髪をまとめもせず下りてきたジャスパーの額には、緑色の宝石が埋まっていた。
 舞台衣装の飾りだと思っている者も多いが、外すことは出来ないし、外そうとすれば当然痛いらしい。羽猫族と並んでかなり珍しい石狼族という種族であるが、普段はほとんど狼族で通っている。年はだいたい19歳ほどらしいが、性格上それ以下に見られることもしばしばである。
 そして、きょとんとした様子で台所の入り口に立っているのは、一見して20代後半の犬族の青年で、茶色に一部白の混じった毛並みをしている。黒い瞳は穏やかで知的な光をたたえていて、ふち無しの丸眼鏡をちょこんと鼻の頭にのっけているのがいかにも学者らしい。
「朝っぱらからそんなに大きな声を出したらご近所の方にご迷惑ですよ」
「さっきの騒音の方がよっぽど近所メーワクだろうがっ」
「騒音だなんて、私はただ朝ご飯の支度を……」
「朝メシ作るだけであんな音が出るか!!」
 ぜぇーぜぇー、と肩で息をしながらジャスパーは相手の様子を伺う。
 なぜ、朝っぱらからこんなにも疲れなければならないのだろうか。
「やっぱり出ませんか。そうですよね。朝ご飯作ってる時にこんな音聞いたことありませんものね」
 ひとり納得げにウンウン頷く海渡に毒気を抜かれて、思わず漏らすのが盛大なため息である。
 変だと思うのなら止めればいいものを…………
「お師匠と会う前はどんな生活してたんだよ」
「イヤですねえ、そんな野暮なこと聞くもんじゃありませんよ」
 ジャスパーはこれ以上怒る気も起きないと言わんばかりに呆れた声で聞いたが、にーっこりとこのうえなく幸せそうな笑顔でそんなことを宣われて、改めて脱力感に襲われた。
 お師匠とは海渡の妻である猫族の女性のことだ。彼らが昔旅芸人としてあちこちの街や村を旅していた時にオレは彼らに出会い、以来このメイプルタウンに落ち着くまでの間一緒に旅をしてきた。
 彼女には剣舞やその他いろいろなことを学んだので、親愛と尊敬を込めて「お師匠」と呼ぶことにしているのだ。
 どこが野暮なのだと呆れともつかないため息を吐くが、鼻孔をくすぐる独特のにおいに気付き慌てて海渡を押し退けて台所へ入る。
「おい、何か焦げ臭くないか!?」
「え? そういえば、何だか香ばしい香りが……」
「ぎゃあああ! フライパンが焦げてるじゃないか! なんでこんなになるまで放っとけるんだよあんたは!!」
 火にかけられたままのフライパンからは、モクモクとどす黒い煙が上がっていた。
 なんで、どうして、こいつは家事音痴のくせに、突然思い出したかのように料理を作りたがるのだろうか!? 
 調味料を間違えたり火の加減を間違えたりはあたりまえ。しまいにはどこから調達してくるのか、正体不明な材料をぶち込む始末。片付けるこっちの身にもなってほしい。
 フライパンの底にはかろうじて原形をとどめているのでおそらく目玉焼きなのだろうと思わしき赤黒いものと、なにかの鉱物の固まりのようなもの、ゼリーのような小刻みにぶるぶると震えている生き物? と思わしきものがあった…………が、見なかったことにして、それらを全てゴミ箱へ放り込んだ。
 フライパンの隣で火にかけられていたスープがあった。見た目はまあ合格だろうという代物だが、はたして中身が伴っているものなのか疑問に思い、ひとさじすくって味見をする。少し辛すぎる感はあるものの、味は奇跡的にマトモだった。
 焦げ付いたフライパンを脇へおいといて、オレは海渡をリビングに追いやって、朝ご飯を作り直すことにした。
 料理は作れるが自身がベジタリアンなため、全体的に野菜よりとなってしまう。
 これでも昔は肉が好きだった。父が狩りの上手な人だったので兄と一緒にではあったが自分で獣を狩って、止めをさしたこともある。しかし、今は肉を裁つあの感触がたまらなく嫌いで、食べることが出来ない。
 肉の嫌いな狼族も珍しいと思わず苦笑がこぼれる。
 今は寝起きのため、野菜ばかりの食卓でもさして問題はないだろう。
 相変わらずにこにこ笑って箸を運ぶ海渡を見ると、素直に嬉しいと思う。
「おいしいですね」
「お師匠には負けるけどな」
「当たり前じゃないですか。なにしろ私の奥さんなんですからね」
 朝っぱらからのろけてんじゃねー。
 一気に疲労感を感じてだーっとテーブルに突っ伏する。
 お師匠はオレから見て一言でいうなら強い人だ。力が強いというわけではもちろんない。いや、確かにそれもあるのだが。
 踊子をしていたから動きはしなやかで、それなりに美人だし、血の繋がりのないオレを家族同然に可愛がってくれた優しい母親のような人でもあり、剣舞を手加減なく(言葉道りぼろぼろになるまで)教えてくれた厳しい先生でもある。オレはそんな彼女を尊敬し、心から感謝している。
 自分の作った料理を誰かに食べてもらえて、笑ってもらえたら嬉しい。それを褒めてもらえるともっと嬉しい。笑ってくれるのが、褒めてくれるのが自分の一番愛する人だったとしたら、思わず踊り出してしまいそうになるくらい嬉しくなる。だから、また作って食べさせてあげたいって思うの。
 料理を教えてくれた時、お師匠は照れながらとても愛しそうにそんなことを言っていたなと思い出す。すると、未だにテーブルに突っ伏しているオレの頭を海渡の手がふいに撫でた。
 子供扱いされているような気がして「なんだよ」と睨むと、相変わらずの笑顔がよこされた。
「こうしてジャスパー君と一緒にご飯が食べられて、ほんとに嬉しいです私は……いえ、私達は、ですね。今のこの生活がとても幸せです。ジャスパー君って出会ったころは本当に手のつけられない悪ガキでしたからねぇ、今もですけど」
「…………何が言いたいんだよ」
 最後の一言にヒクッと頬の筋肉が引きつる。
「あなたは私達の自慢の息子だなって思っちゃっただけなんですけど?」
 まあ、親心ってやつでしょうかねぇ、とへらりと笑って言う彼にオレはしばし沈黙。
 自分で何言ってんだか分かってんのか?
 恥ずかしげもなくよくそんな台詞が言えたものだ。しかもなんら脈絡もなく突然に。
 聞いてるこっちが逆に赤面してしまいそうになる。
「オレは海渡の血なんか継いだ覚えはないぞ」
 ついでに、お師匠のハラから出てきた覚えもない。
「血が繋がってなくても、大切な家族であることに変わりはないでしょう?」
 海渡は当然のことだと言わんばかりにさらりと言ってくれた。
 そして、それは確かに事実で、オレには否定できる材料なんてないし、否定するつもりもない。
 実の父や兄の事を忘れたわけではないけれど、海渡の言うように今のこの生活がオレは気に入っている。親じゃないけど、兄弟でもないけど、全然種族なんか違う二人だけれど、オレは家族と呼べるこの二人がとても大事だ。
「こーんなぼんやりした父親とあーんな勝ち気な母親を持っちゃって、オレって不幸ー」
「あはは、でも、こんなに優しいお兄さんとあんなに美人なお姉さんなんですから、さぞかし幸せでしょー」
 オレと海渡はお互い顔を見合わせて笑った。

 血は繋がってはいない。
 それでも、家族と呼べる大事な存在。その存在のある、帰るべき暖かな場所がある。
 オレはそれを与えてくれた全てに感謝を捧げよう。


 望むのは互いに笑い合えるこの一瞬の時。 






 まとめとしては、たとえ血が繋がって無くったって大事な人たちが側にいてくれるのはとても嬉しいことだということで……(まとめになってないッスね)
 やっぱり文才ナイなー自分、という愚痴はこの際置いといて、いつか母親代わりのお師匠様も出したいな。
 そういえばメイプーでは異種族同士の結婚ってありなのでしょうか。






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